アメリカ留学記

 私は2019年10月より米国国立衛生研究所、国立歯科?頭蓋顔面研究所、分子生理?治療学/アデノ随伴ウイルス学部門へ研究留学いたしました。留学先のボスであるJohn A. Chiorini先生はアデノ随伴ウイルス(AAV)学を専門とされており、私たちは難治性疾患であるシェーグレン症候群の病態を解明するとともにシェーグレン症候群の唾液分泌障害をAAVベクターを用いて遺伝子治療することを目標とし研究しておりました。AAVはヒトに感染するものの病原性を持たない小型ウイルスで、安全かつ効率的に遺伝子導入できるベクターとして注目されています。

私が渡米した2019年末はちょうど中国の武漢より必威体育_必威体育app-平台*官网感染症が報告され始めた時でした。この新興感染症は瞬く間に世界的な大流行を引き起こし、2020年はその対策のため社会レベルにおいても個人の生活レベルにおいても大きな変革が余儀なくされました。アメリカでは当初対岸の火事のような楽観的ムードでしたが、同年3月より一気に感染が広まると、私たちの日常生活は一変しました。まず3月中旬には子供たちの学校が休校となり、私の職場も研究室への立ち入りが禁止されました。不要不急の外出が制限され自宅に待機するいわゆるロックダウンの状況となりました。しかし2週間も経たない3月下旬にはオンライン授業という形で学校が再開しました。私の職場もバーチャルミーティングやデータベースへのリモートアクセス、豊富なオンライン学習コンテンツなどテレワークの環境があっという間に整備されました。私はアメリカという国の順応力、そして社会変革の早さに心底驚かされました。4月中旬にはもう新しい日常が私たちの中に根付くことになったのです。

留学先の研究室はバイオインフォマティクスを主たる研究手法として行っていたので、私はこれをバイオインフォマティクスの良い学習機会ととらえ、初学者向けのオンライン講習を受けながら自宅でトランスクリプトームデータの解析を行いました。ロックダウン中も、運動や気分転換のため外をウォーキングやランニングすることは許されていました。留学先は、ワシントンDC - ボルチモアの広域都市圏に属し、1000万人弱が生活する大都市圏ですが、幸い一歩郊外に出るとそこには豊富な自然が広がっています。ロックダウンされていた4月から6月はちょうど新緑の季節であり、清々しい森の中をよく家族皆でハイキングしました。パンデミックのさなかにも不思議に悲壮感はなく、アメリカの人々は明るくポジティブに、ロックダウンの中にも楽しさを見出していました。 さて、2020年の7月になってロックダウンはようやく解除され、シフト制で研究室に行けるようになるなど少しずつ元の生活が戻ってきました。2021年の春頃には必威体育_必威体育app-平台*官网に関する制限はほとんど解除され、私は通常通りに仕事へ行き、子供たちは通常通りに学校へ通えるようになりました。

研究留学2年目以降は、環境や英語へすっかり慣れ、研究に邁進しつつ、アメリカでの生活も大いに満喫しました。アメリカ国内旅行の制限もなくなったため、広い台地に車を走らせて、休日にはいろいろな場所を訪れました。ワシントンDCはちょうど東海岸の真ん中に位置しているので、北部を訪れるのにも南部を訪れるにも良い立地でした。夏には涼しさを求めてニューハンプシャー州やミシガン州まで北上し、逆に冬にはフロリダやニューオリンズまで南下し避寒しました。最後の夏休みにはワシントンDCからアリゾナ州までアメリカを車でほぼ横断して戻ってくるという大周遊旅行もしました。3年半の留学期間で総走行距離は約10万kmに及びました。長距離長時間の運転は大変でしたが、その分アメリカの広さを肌で感じることができました。今でもときおり、どこまでも続くアメリカのハイウェーをひらすら運転する夢を見ることがあります。

NIHに留学してきている多国籍の研究者たちとも仲良くなり、仕事帰りに飲みに行ったり、休日には家族ぐるみで遊びに行ったりするなど、積極的に国際交流を行いました。彼らを通じて多彩な文化や価値観を知ることができました。私の留学生活は当初予定していたものとは大きく異なりました。特に留学生活の前半は必威体育_必威体育app-平台*官网大流行という特殊な状況でしたが、この激動を遠く異国の地で経験できたことは、仕事や家族、健康について考え直すよい機会となり、私にとって新たな人生訓が得られたのではないかと思っております。留学前と留学後では自分の考え方が大きく変わったように感じています。私は今回の留学で得た学びを医学生や研修医に積極的に伝えていきたいと思います。特に、留学で単に研究の知識や技術、実績を得ただけではなく、多様性を知り、異国の地で試行錯誤することを通じて、一人の医療者ひいては一人の人間として成長する大きなきっかけとなったことを伝え、未来の若者たちに海外留学を勧めていきたいです。

文責: 中村 浩之 助教