細胞内脂質構造体の組織ごとの機能探索

研究内容 (大﨑、和田)

肝由来細胞や神経系細胞内でのストレス応答?細胞生存における脂肪滴の機能を、生化学的手法、電子顕微鏡、超解像光学顕微鏡などの形態学的手法により細胞レベル/組織レベルで解明しています。

哺乳動物細胞、酵母、植物に至るまで、細胞はエネルギーや膜構成因子として重要な脂質(脂肪酸、ステロールなど)を、分解されにくい中性脂質(トリグリセリド、ステロールエステル)の塊=脂肪滴の形で細胞質に保存しています。脂肪滴は、中性脂質合成酵素の存在する小胞体膜から形成され (図1)、肥満における脂肪細胞や脂肪肝などで顕著な構造ですが、神経細胞を含むほとんどの組織の細胞に存在し、必要に応じた脂肪分解によるエネルギー産生、脂質合成、熱産生などに関与します。我々はこれまで、脂肪滴がApolipoprotein Bをはじめとするタンパク質分解の足場となることを見出しました(Ohsaki et al., Chem Biol, 2014 ; Suzuki et al., Mol Biol Cell, 2012 ; Ohsaki et al., J Cell Sci, 2008 ; Ohsaki et al., Mol Biol Cell, 2006)。近年、脂肪滴はオートファゴソーム形成にも重要な働きをすることがわかってきました(Ogasawara et al., Nat Commun, 2020)。一方脂肪滴は、ヒトC型肝炎ウイルスなどの病原体増殖、脳?神経変性疾患(遺伝性痙性対麻痺など)など、多くの疾患への関与も明らかになりつつあります (Holtta-Vuori et al., Hum Mol Genet, 2013)。さらに脂肪滴を持つ細胞をターゲットとした光学治療法の開発や、脂肪組織由来幹細胞の再生医療への応用なども国内外で活発に行われており、組織細胞種に応じた脂肪滴機能のさらなる解明は、長寿命社会における健康寿命の亢進に欠かせないと考えております。
一方、脂肪滴は通常細胞質の油滴と考えられていますが、実は核の中にも形成されます(図2, Ohsaki et al., J Cell Biol, 2016)。我々は核内脂肪滴の2つの形成経路を明らかにしました(図3,Soltysik et al., J Cell Biol, 2021 ; Soltysik et al., Nat Commun, 2019)。(1)肝由来細胞では小胞体内腔のリポプロテイン前駆体が核膜槽、核膜陥入構造を経由して核質内に露出しますが、(2)非肝細胞では本来小胞体膜に局在する脂質合成酵素群が内核膜にも存在し、内核膜から直接中性脂質合成、脂肪滴形成が行われます。さらに核内脂肪滴形成は、細胞質脂肪滴形成に重要な小胞体分子Seipinによって制御されていることを見出しました (Fujimoto T, J Cell Sci, 2022 ; Soltysik et al., Contact, 2019)。
核内脂肪滴の機能としてはこれまでに、肝由来細胞ではホスファチジルコリン合成酵素を活性化してリン脂質合成を亢進し、小胞体ストレスを軽減する働きを見出しました (Soltysik et al., Nat Commun, 2019)。さらに脂肪滴は、既知の核内構造体の一つ PML小体と高頻度に結合しており(図2,Ohsaki et al., J Cell Biol, 2016)、その表面にはSUMO化、ユビキチン化、リン酸化などの修飾を受けた転写因子などのタンパク質が局在していることから、核内脂肪滴は遺伝子転写調節にも関与する可能性が有ります。そのほかにも様々な培養条件、生体での環境に応じて、脂肪滴が他の核内構造体やクロマチン構造とも近接することが分かってきました。現在核内脂肪滴に結合するユニークな分子群の同定を進めており、脂肪滴が新たな核内構造体として、転写調節、DNA損傷修復、タンパク質分解といった様々なイベントに関与し、我々の身体の健康維持と疾患発露に重要な役割を持つ可能性を追求しています。
図1. 脂肪滴は小胞体から形成される
図2. 肝癌由来細胞の核内脂肪滴 緑:脂肪滴、赤:PML、青:核
図3. 核内脂肪滴の2つの形成経路